プロフィール

ミスターW

Author:ミスターW
Address;新潟県
映画と小説と妻と子供を
こよなく愛するオヤジ


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


FC2カウンター


アクセスランキング

[ジャンルランキング]
映画
5832位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
2107位
アクセスランキングを見る>>

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人には到底理解できない人種問題の「根深さ」

ウィリアム・フォークナーの古典小説「八月の光」。


臨月の娘リーナ、婚約者リーナを見捨てて失踪した男ブラウン、リーナがブラウンを捜すためやって来た南部の町ジェファンスンで彼女と出会いまた介抱する中年男バイロン、身体に黒人の血が混じっているとの疑惑の中で成長する孤児ジョー・クリスマス、人種問題に巻き込まれるハイタワー牧師 といった人々の一種の群像劇といえるでしょう。

爽やかなタイトルと綺麗な表紙につられ手に取ったのですが、このように結構深刻な話です。
終始ミステリアスな調子で物語が進行し、長編ながら飽きることなく読み進めることが出来ました。

実はこの古典小説、村薫のミステリー小説「マークスの山」のなかに登場します。注)
具体的には、第四章において、殺人者通称<マークス>が、かつて好んで読んだ小説が「八月の光」であるとの記述があります。

確かに、殺人者マークスと、この「八月の光」のジョー・クリスマスは、その生い立ちに避けることの出来なかった不幸と、現在の自己破壊への疾走感を感じることができます。

注)改稿された文庫本(講談社)下巻に存在する場面であり、オリジナル単行本(早川書房)には存在しません。


スポンサーサイト

今回は見事に返り討ちにあいました

フランツ・カフカの小説「審判」。


できれば新潮文庫でこの小説が欲しかったのですが、すでに絶版だったので岩波文庫で購入しました。
以前書いた「変身」と同様、カフカお得意の不条理なストーリーです。

久しぶりに気構えて、執拗に純文学に噛り付きました。

「変身」を読んだときは、それほど難解だとは思いませんでしたが、今回は、正直「歯が立たなかった」です。
一応ストーリーは理解できたのですが、メッセージが何も伝わらない といった感じです。

読み終え、私自身何やら判ったような判らなかったような、曖昧な気持ちになり、もう2,3回読んでから冷静に判断しようという気になりました。

とりあえず今は、自分の眼力(=読解力)をもう少し信じてみましょう、うん、うん。


死ぬまでに、あと10回は読みたい本

作家カート・ヴォネガットが、戦争体験をもとに完成させた小説「スローターハウス5」。


主人公ビリー・ピルグリムが、時空を飛び交いながら、異星人によりトラルファマドール星に連れ去られたり、第二次世界大戦下のドイツで爆撃を受けたりする古典SF小説。

カート・ヴォネガットお得意の「何でもアリ」的な寓話ですが、しっかりした構成を持ち、小気味よくストーリーが進展していきます。

うまく表現するこが出来ないのですが、私自身読み進めながらこれほど幸せな気持ちになったのは、数少ない体験です。
おかしな場面でもないのに、少し読んではニヤッと繰り返したのは、作品の波長が、私の脳髄のどこかを刺激した としか説明できません。

将来、DNA(?)の研究が進歩したら、ぜひともこの愉悦の原因を解明して下さい。

この感覚は、ジョン・アーヴィング「ガープの世界」と同様のものです。

こんなように「何度読んだか分からない」「本がボロボロになるほど気に入って読んだ」といった小説がある方は、ぜひ教えてください。


小説を読んで面白かったので、映画化されたビデオも観ました。→残念ながら70点


カポーティの入門書にして、最終関門

発表するやいなや作家トルーマン・カポーティを時代の寵児に押し上げた小説「遠い声 遠い部屋」。


主人公ジョエル少年が、アメリカ南部へ父親を捜しにゆき、そこで様々な体験をするストーリーです。

こういったいかにもアメリカ文学っぽい小説を読んだのは、初めての経験でした。
読んだ当時(今から20年ほど前)、何もピンとこなかったのですが、改めて読み返してみると、語感が瑞々しくなかなか良い小説だな と感じることが出来ました。

ジョエル少年の純粋さと成長、周囲の人々との関係性、そのどの場面も透明感に満ちていて、なにか遠い国の出来事のような気持ちに満たされました。

その後に、長編「冷血」と短編集「夜の樹」を読むきっかけとなった本書は、難解さにおいても私自身の理解を深めるまで、もう2,3度読み返す必要があると感じています。

3年後にもう一度読んだら、どんな感慨に心が満たされるのだろうかと、ひとりニヤッとし、同時に、もしかしたら読み終わるたびに、すべてを理解しきれていない不安が残るのかもしれません。


今回も余計なところに目がいっちゃいました

映画化もされたアガサ・クリスティーの超有名なミステリー小説「オリエント急行殺人事件」。


これまでに読んだクリスティー作品は「鏡は横にひび割れて」「そして誰もいなくなった」だけで、探偵ポアロものは、なぜか素通りしていました。

昔からこの映画の雰囲気が好きで、いつか原作を読もうと思っていたので、古本屋で原作を買い、今更ながら読んでみました。
やたら登場人物(=容疑者)が多く、頭を整理しながら読み進めるのがシンドイですが、それなりに楽しめました。


閑話休題、実はこの文庫本のカバーを剥ぐと、こんな書名が出現しました。


「オリエント急行殺人事件」ではなく「オリエント急行の殺人」!
("の"が加わり、"事件"が無くなっています)

文庫のカバーって、こんなにいい加減なものなのでしょうか?
(おそらくカバー側は、映画タイトルに合わせたのでしょうけど...)





 | ホーム |  次のページ»»


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。