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日本ミステリーの三大奇書(その3) 「虚無への供物」

三大奇書として、以前に「黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」について書きましたが、最後に中井英夫の推理小説「虚無への供物」。


上下巻を揃えると薔薇が構成され、小説同様怪しげな雰囲気が漂います。



数々の過去の不吉な死だけでなく、洞爺丸転覆事故に遭遇し、いまだ北海道アイヌの不吉な伝説に怯える氷沼(ひぬま)家に起こる殺人事件を描いています。
シャーロック・ホームズを自称するシャンソン歌手の女性と、ワトスン役となる男友達(商社マン)を中心に、ユーモアあふれる推理合戦を繰り広げるストーリーです。

文章自体も読みやすく、どちらかと言えば、陰湿にならずサッパリとした雰囲気の作品です。

興味深いのは、この小説の中で「黒死館殺人事件」や「ドグラ・マグラ」にさり気なく賛辞を贈っていることです。
シャンソン女性歌手が、トンチンカンな推理を展開するワトスン役男友達に「黒死館殺人事件くらい読んでからおっしゃい。メイド・イン・ジャパンも安物ばかりじゃなくってよ」と忠告を与える場面があります。
また精神病院を訪れた際に「ドグラ・マグラ」の主人公の心境を思い出し恐怖する場面もあります。

このほかにも、具体的な作品名は登場しませんが、G・K・チェスタトンの短編集「ブラウン神父の童心」の中にある作品「折れた剣」についても言及している場面もあり、ミステリーファンをニヤリとさせます。

この作品は、よく"アンチミステリー(反推理)"という表現で紹介されています。
確かに、殺人事件としての動機付けが弱く、読み終わったものの果たして話が完結しているのかどうかモヤモヤした感想を持ってしまいます。
それでもなお、もう一回読んでみようかという気持ちにさせるのですから、それなりの求心力と個性を持ち、なにより登場人物の魅力が際立っているのでしょう。


日本映画も結構ヤルじゃん!、そんな映画

当時日本映画の旗手として話題となった長谷川和彦が監督した映画「太陽を盗んだ男」。

物理教師が自力で原子爆弾を作り上げ、政府を脅迫するという日本映画離れしたストーリーが、迫力満点です。

私が専門学校に通っていた頃、担任の先生が、この映画をやたらほめていました。
(この先生は、この他にも、関川夏央・蓮實重彦といった文化人の存在を、私たち生徒に教えてくれました)

ビデオを借りて観てビックリ、(先生の言葉どおり)凄く面白かったのです。

主人公役の沢田研二、警部役の菅原文太 といった異色キャストもさることながら、原発施設からのプルトニウム強奪から、巨額金強奪計画、ラストの警部との一騎打ちまで、息もつかせぬシーンの連続です。

クラッカーをポンーッと気持ちよく音高く鳴らせたときの爽快感。
映像に釘付けになりますヨ。


死ぬまでに、あと10回は読みたい本

作家カート・ヴォネガットが、戦争体験をもとに完成させた小説「スローターハウス5」。


主人公ビリー・ピルグリムが、時空を飛び交いながら、異星人によりトラルファマドール星に連れ去られたり、第二次世界大戦下のドイツで爆撃を受けたりする古典SF小説。

カート・ヴォネガットお得意の「何でもアリ」的な寓話ですが、しっかりした構成を持ち、小気味よくストーリーが進展していきます。

うまく表現するこが出来ないのですが、私自身読み進めながらこれほど幸せな気持ちになったのは、数少ない体験です。
おかしな場面でもないのに、少し読んではニヤッと繰り返したのは、作品の波長が、私の脳髄のどこかを刺激した としか説明できません。

将来、DNA(?)の研究が進歩したら、ぜひともこの愉悦の原因を解明して下さい。

この感覚は、ジョン・アーヴィング「ガープの世界」と同様のものです。

こんなように「何度読んだか分からない」「本がボロボロになるほど気に入って読んだ」といった小説がある方は、ぜひ教えてください。


小説を読んで面白かったので、映画化されたビデオも観ました。→残念ながら70点


映画でしか表現できない、その色彩と呼吸

10年に1本しか作品を発表しない寡黙なビクトル・エリセ監督の長編第一作「ミツバチのささやき」。

劇場用プログラム(「ミツバチのささやき」「エル・スール」の2本立て用)

20年ほど前に仕事で上京した私は、東京の高田馬場で同監督「エル・スール」との二本立てで、これらを観た思い出があります。

「ミツバチのささやき」は、ある幼い姉妹が、村の巡回映画でフランケンシュタインを観て、やがてその存在を信じていくという、純粋な心の話です。

一方「エル・スール」は、思春期の少女と、秘密めいた父親とのふれ合いを描いた作品です。

思わずビデオ(VHS)も買いました。

この2作品とも非常に完成度が高く、上京したての私はまさに、
「東京らと、すげぇがんやってんだな~っ(新潟弁)」
→「東京だと凄いモノが上映されているんだな(標準語)」
という状態でした。

とても静かな映画なのに、これほどまでに画面に吸い込まれ、最後には打ちのめされたからです。


日本映画の黄金時代を支えた名脚本家

「羅生門」「生きる」「七人の侍」「私は貝になりたい」「八甲田山」「砂の器」等の脚本を手がけた橋本忍の功績をつづった「脚本家・橋本忍の世界」。


ときに原作を大きく変えることで、映画として良いものに仕上げる橋本忍氏は、脚本化の本質を「柵の中に牛がいて、急所がわかったら刃物で切って一撃のもと血をバケツに入れてもってくる。それで脚本をつくる。欲しいのは生き血だけ」と語っています。
物事の本質を見極め、そのエッセンスを大胆に料理することの大切さが伝わる発言です。


もうひとつは、橋本忍氏自身が書いた「複眼の映像」。


これは、黒澤明・小國英雄との共同脚本作業の裏側を披露したノンフィクションです。

共同脚本作業の狙いとして、一つのシーンを複数の脚本家で競争するように描き、良いシーンやセリフをつなげて行くという方式を挙げています。
作品のテーマや各キャラクターを、共同者全員で検証し掘り下げていくので、これで出来上がった映画が面白くないわけがないですね。

黒澤明の後期作品は「哲学的ではあるが、判りにくくつまらない」と言われています。
橋本忍氏の欠落、共同脚本システムの崩壊 と無関係ではないでしょう。



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